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インターンシップの応募があった

今日から日本は3連休ですね。

僕は日本に帰国中ですが、溜まった事務仕事の処理や、新規契約の商談などで、この3週間はまあまあのハードスケジュールです。あくまでバンコクでニートをしているときと比較しての話ですが。

ところで、先週、自社のHP経由で大学生からインターンシップの申し込みがありました。

勿論そんな募集は僕はしていませんし、バーチャルオフィスのみの僕の会社でインターンを受け入れられるわけがないのでお断りしましたが、HPだけを見ると、随分と大企業に見えるんだなということがこれで分かりました。

HPではものすごい大風呂敷を広げていますからね。

この学生、インターンの癖に「海外希望」とか書いていたのがちょっと小生意気でしたが、まあ、自分も学生の頃はそのようなことを就活で言ってましたから、人のことは言えませんね。。。


僕の会社、現在は僕が社長で、株主も100%僕ですが、僕のバックにいる父は、本気で東証一部を目指すつもりでいるようです。

父は現在は上場企業に雇われているサラリーマン社長ですが、定年後は本気で自分で上場企業を作りたいんですね。

そういう意味では僕よりもよっぽど元気です。

僕なんか20代からタイでニートですからね。

数日前の投稿で書いたように、僕は10億円まで増資をするところまではありかなと考えていましたが、それ以上、まして上場などは微塵も思っていませんでした。てか普通に無理でしょう。

というわけで、もしこれ以上会社のサイズを大きくする場合、僕は退職金をもらって退陣することがこれでほぼ確定的になりました。

退職金は税金が安いので、10年以上会社をやった今は、時期的に辞めるには自分にはかなり都合が良いのです。

まあ、あくまでこれ以上規模を広げる場合ですけどね。

今のサイズなら僕でも代表が務まりますが、それ以上はまず自信がありません。。

退職して非常勤役員になったら、タイでネコと一緒にのんびり暮らそう。


シンガポール現地法人が破綻しました(その1)

ここのところ会社が上手くいっているという主旨のことばかり粋がって書いてしまいましたが、実は逆にネガティブな経験もしていますので、せっかくなので書いておきます。

なんと、シンガポールの現地パートナー(僕の会社のシンガポール法人)がついに倒産しました。

しかもその知らせを聞いたのは今日です。

この破綻したB社は、10年以上前から僕のブログを読んでいる人にとってはたびたび登場する会社です。


時計の針を戻すと、僕が起業したのは2008年4月。

その前年の2007年から2008年の3月まで、僕はバンコクのウォールストリートという英語学校に1年間の語学留学(実質的な遊学)をしていました。この時期からブログを読んでいる人は大体は僕の顔見知りだと思います。

当時は上述の通り、まだ僕自身の会社がありませんでした。

そのため、僕の父は、このシンガポール法人のB社の共同経営者としてコンサルの会社をやっていました。(ただし父の本業はB社とは全く関係のない某上場企業の役員です)

大学院まで出たのに就職もせずにバンコクでニートをやっていた僕は、2007年時点では、留学期間の1年を終えたらこのB社に就職することが内定していました。

小規模ではありますが、一応、外資系コンサル会社というわけですね。

ちなみにシンガポールのB社の株主構成は、スウェーデン人の社長50%、共同経営者である僕の父30%、上海在住の支那人パートナー20%です。

つまり僕の父はB社の会社のトップではなく、B社の日本事務所の代表という立場でした。

そして僕が帰国した2008年4月、B社の日本事務所を法人の形にしたのが、今の僕の会社です。

最初はシンガポールのB社に社員として直接入れると甘く考えていたのですが、職務経験がない人はいきなりシンガポールではビザが下りないし、そもそも役にも立たないからという結論になり、父の庇護の下で自分で会社を設立し、シンガポールのB社の傘下に入る形にしたわけですね。

B社と僕の会社は直接的な資本関係はありませんが、力関係として、B社がシンガポールにある本社、僕の会社がその日本支社みたいな立ち位置だったのです。

現にコンサルティングの仕事は2008年当時、すべてシンガポールのB社から業務委託してもらったものでした。

B社がつぶれたら僕の会社もつぶれるということです。

その後、2008年9月にリーマンショックがあり、仕事が減り、シンガポールのB社は没落を始めます。

逆に、僕はこの年にようやく社会に出たばかり。

僕はリーマンショックの年にWEBデザインの専門学校に入り、半年間集中してWEBサイトを作る勉強をしました。

2009年3月に学校のコースを終え、同年、日本にある自分のコンサルティング会社のWEBサイトを立ち上げ、独自での集客を始めました。

その2009年、シンガポールのB社では新たな出来事がありました。

筆頭株主で父とともに共同経営者だったスウェーデン人の大株主が、株式をオーストラリア人に売却して会社を去ったのです。

その新しい大株主としてCEOになったオーストラリア人のA氏が、お世辞にも能力値があまり高い方ではなく、B社の没落に拍車をかけてしまうことになりました。

後ろ盾のB社が弱体化したことにより、僕ら日本法人の仕事も一時的に激減。

でも、2011年くらいからは、シンガポールのB社から仕事をもらわなくても、自分でWEBから仕事を受注できるようになっていきました。

翌年の2012年の時点では、シンガポールのB社と僕の会社の力関係は完全に逆転。

僕の会社が仕事を取り、海外関係の業務をB社に逆に委託してあげるという関係になりました。

続く


税法上の中小企業

前回の投稿では、支那の政治、経済のゴタゴタに便乗して調子よく利益を上げていることを書きました。


たしかに儲かるのは良いことですが、今の僕の悩みは、このまま手を広げて自社を大企業に成長させるか、若しくは中小企業に留めることにより、創業社長である自己の蓄財・節税に精を出すかの選択くらいですね。

「Macha、お前はバーチャルオフィスでおひとり様企業のくせに、何が大企業だ!」

と思われるかもしれませんが、税法上の大企業とは、資本金1億円以上の企業のことですので、ポケットマネーでもなろうと思えば楽になれるわけです。

個人的には、せっかく大企業にするなら、1億円ではなく10億円への増資で考えていますが。

でももちろん大企業になれば、正社員と資本金、本当の事務所が必要になりますし、中小企業の税制面の特典が使えなくなってしまいます。

もっと言えば、タイでニートをやりながらなんてとても無理です。


1)会社に残って働く

2)会社その物を売却して利益を得る

3)退職金を受け取って「退陣」する→自身は非常勤役員で取締役会長のようなポストに着く


という選択肢も含め、その辺の身の振り方を、来年中くらいに決断しようと考えています。

ちなみに退職金には退職所得の控除が効くので、10年以上創業社長をやっている僕には、タイミングとしてはかなりマッチします。最終報酬、功績倍率、勤続年数を考慮して計算するといい金額になります。

会社の株式を売却する場合も、今の収益性や潜在性を考慮すると、資本金の4倍くらいでいけるのではないかと勝手に思っていたりします。買ってくれる人のあてもあるし。

なお、上記の決断しだいで、僕が現在持っているタイランドエリートのメンバーシップを、150万バーツの追加料金を払うことで5年から20年にアップグレードするかどうかが決まります。

もし会社をパートナーに売却するか、社長職を退職して非常勤役員になる場合は、間違いなくタイランドエリートをアップグレードするつもりです。









意外にも伸びている支那関連コンサルビジネス

昨日も新たに契約が一件取れました。

そして舞台はやっぱり支那でした。


以下は最近、僕の会社で受注している仕事の種類のトップ3です


1)中国からの撤退コンサルティング

2)自社製品の知的財産保護支援

3)中国で自社製品を販売するための当局の許認可取得代行



1は、既に支那に進出していて、支那から手を引きたいメーカーが出来るだけ低コストで撤退できるよう助ける仕事です。今、一番依頼が多いのはこのタイプで、僕がネットで客寄せをして、北京にいる僕のパートナーの会社が実務を担当しています。

2は、要するに他社(大体は支那企業)に技術をパクられないよう、僕のパートナーである弁理士さん達の知恵を借りて、特許の相談に乗っています。

3は、意外に思うかもしれませんが、支那から逃げ出そうとしている日本企業がたくさんある中、逆に支那で自社製品を売りたいと思う企業もかなり多く存在します。

工場を建てたりの進出ではなく、いわゆる輸出ですね。

でも医療関係の器具を現地で売るためには、それぞれの国の政府による薬事認証が必要なので、その手続きをするのが、北京の支那人パートナーです。

支那に多額の投資をするのは嫌だけど、市場の大きい支那で、物をたっぷり売りたいと企業が思うのは当然なので、この類の依頼は今後もまだ増えるでしょう。

「米中貿易戦争で支那関連のビジネスはもうお仕舞だー!」

なんていうことは全くなく、こうした政治的な動きがあればあるほど儲かるのが、僕たちコンサルティング会社なのです。

特に法治主義の日本と違い、支那は人治主義の世界。

支那では法的な解釈も恣意的にコロコロ変わるおかげで、支那の薬事にかかわるコンサルのビジネスは、今のところまだまだブルーオーシャンです。

それにコンサルは元手もほとんどかかりませんし。僕が負担しているのは広告料金とバーチャルオフィスの利用料くらいです。

まあ、当分は支那を利用して稼ぎたいと思います。

それと、最近はこの手の仕事の依頼が非常に多いためか、僕の会社の日本側の人員も不足しており、今ネットでどんどん募集をかけています。

先日も書いたと思いますが、特に脱サラした方や、定年退職後の高齢者で経験と実力のある方が申し込んできてくれています。

安倍総理の働き方改革に呼応しているつもりは全くなかったのですが、収入と生きがいを提供できる高齢者活用ってすごくいいですよね。


ところで、韓国はというと、まったく話題にもなりません。

もう完全に忘れられた国、いや、「地域」ですね。





採用希望の人が現れた

昨今、働き方改革が叫ばれています。


政府がそんなことを言わなくても、僕の会社で下請けとして働いているパートナー方も、実はその半数近くが高齢者です。

その高齢者の働き手はどこから来たかと言うと、全員が父の直参の元部下で、過去に外資系企業で働いていた方々です。


僕のパートナーになった経緯も様々で、


1)定年まで働いた→仕事が好きで、まだまだ働きたいので、僕の会社に下請けとして加入

2)定年前にリストラされてしまった(外資なのでその辺は容赦ないので)→下請けとして僕の会社に加入

3)脱サラして起業→僕の会社から外注という形で仕事をもらうようになった。

などです。

父はその方たちよりも一回り年齢的に若く、まだバリバリの現役世代。

現在は別の上場企業で役員を務めているため、僕の会社を父に助けてもらうことは出来ません。

でもその代わりに僕は、父の元部下などを、人脈という形で引き継ぐことが出来ました。

金銭の贈与を受けたことよりも、人脈を引き継げたことの方がはるかにメリットが大きいのです。

さて、ここにきて、お盆休み中、僕の会社のHPのパートナー募集欄を見て応募してきた方がいます。

団塊世代よりも上の世代の方で、上場企業を定年まで勤め上げ、その後も嘱託のような形で別の大企業に在籍していた方です。

メーカーの薬事部門に何十年もいたそうで、僕が募集していた薬事専門のコンサルタントにまさにぴったりです。

しかも給料ベースではなく、他の下請けと同様、全額コミッション制であることに同意のうえで申し込んできたくれました。

よって、来週の僕の帰国時に合わせて面談をすることにしました。

面談の上、人格に問題がなければ即仲間に加えるつもりです。

僕の今後の狙いは、

「中小企業の税制的恩恵をたっぷり受けながら、大企業の一歩手前の立ち位置を獲得すること」

です。


こんな感じで仲間をどんどん増やしていきたいです。

まあ、今はまだ、おひとり様役員企業ですけどね。

今後も、


1)自社のWEBを使ってマーケティング活動をして、

2)仕事が来たら下請けに任せ、

3)下請けでもやりきれないくらい仕事が増えたら、更に多くの下請けをWEBで募集、

4)それでも仕事が多すぎて人手不足に陥ったら、僕の旗揚げの時からついてきてくれた下請けを厚遇で正規として採用する

5)それでも足りない場合は、高齢者をどんどん正規にしていく

6)最後は僕の会社より大きな企業に買収してもらう



今は3)の段階です。

さすがに若い人は働き口がいくらでもあるので、うちに来ることは稀でしょう。


僕は経済的にはもう3年前にはラットレースを抜け出してリタイヤしていますが、僕は投資という険しい道に大きく賭けている身でもあります。

どんなに大きな自信があっても、何らかの理由で大コケする可能性もゼロではありません。

だからこそ、上記のコンサルティング業という、「別の財布」を持っているわけです。

実際、前に何度も書いたように、2016年には国税のせいでコンサルティング業の方が黒字破産一歩手前の窮地に追いやられたこともあります。

会社に客が来るかとか、買った株が上がるかとか、日本の景気がどうなるかとか、注視しないといけないのは、そういうことだけではないのです。


まあ、タイでニートをやりながら、果たしてどこまでいけるか。

今後の成り行きに身を任せてみるつもりです。


プロフィール(Profile)

MACHA

Author:MACHA
新ブログ、「タイランドニート」はこちら↓

http://thailandneet.com/


タイランドエリート会員のニート。就職経験なし。

バンコクのスクンビットおよび東京都目黒区の二重生活。

職業:
コンサルティング・投資会社経営(日本)、ニート

趣味:
海外旅行、語学学習、歴史、読書。

特技:
暗記、空手。

略歴↓


2007年3月
経営学博士前期課程修了

2007-2008年
バンコクに1年間遊学

2008年4月
日本帰国と同時に東京でコンサルタント会社を設立。

2009年6月
二度目のバンコク移住。2011年までの1年10か月をバンコクで過ごす。

2011年4月
日本帰国

2015年6月
ラットレースを抜け出し、本業を引退。

2017年9月
タイランドエリート入会。

現在は東京とバンコクを行ったり来たりの二重生活を満喫中。

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